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成人式の頃の苦い思い出と、根性物語

2011年1月9日

はるか昔、私にも成人式がありました。
それはかなり苦い思い出を伴います。

馬鹿な私は、成人式には行ったけど、
式典会場にはいず、外に友人といました。
夜になると、何十人かで同窓会みたいな飲み会があり、
盛り上がりました。

そこで終わればよかったが、
2次会、3次会と何人かで車で鹿屋に走りました。
なぜか私が運転していました。
完全に飲酒運転でした。
何件も回っていて、かなり酔っていた。
結果、事故を起こしました。

あれだけ派手な事故を起こしながら、
幸いにも人身にならなかった。
死亡事故になっても不思議でないくらい、
無茶な運転の、車同士の事故でした。
5人乗った私の車は、一回転して確か銀行の壁にぶつかりました。
さらにおまけの幸いに、警察は成人式と言うことで
飲酒運転で処理をせず、見逃してくれた。
ある意味平和な時代、逆を言えばいいかげんな時代でした。
散々親に迷惑をかけながら、数日後に処理を親に任せ、
逃げるように、東京に舞い戻りました。

今思えば本当にぞっとすることばかりです。
新成人の人は、今は絶対やってはだめですよ。
無茶で馬鹿な私は、たまたまかなりの強運に恵まれただけです。
今はこの世にいなかったかもしれません。

翌年の正月の帰省は、
いろんな反省とだめな自分の根性試しに、
東京から鹿児島まで、内緒の真冬の自転車帰省を果たしました。
正月の箱根駅伝を見ると、真冬のみぞれのふる真っ暗な山道を
意識朦朧としながら、自転車をこいだのがよみがえります。
あのときも死んでてもおかしくなかった。
柏原がゴールを切ったあの辺で、
ふらふら自転車を押してたところに、あわてて旅館の女将さんに
真冬の箱根に野宿したら死ぬよと言われ、
無理に中に入れられた。
命が救われたと思う。
前の晩、急に思いついてペダルをこぎ出し、
約20時間くらい不眠不休で踏み続けた後の、
命をつないだ箱根への無鉄砲のゴールでした。

その翌日、女将さんに鹿児島までとんでもないと
言われたが、鹿児島を目指してそれ以降、
野宿だけで、たしか10日くらいで鹿児島の大崎に無事
帰り着いた。この記録は破れないと思う。

この時、初めて弱い私に、誰にも負けない根性と自信がついた。

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